長谷川さんについては表現するということについて、根源的な根深さを、しかも強く感じさせる挙動がたくさん見られると思いながらいつも作品を見ています。
そもそも表現って何だと思いますが、長谷川さんには強く強く魅かれて抵抗すらできない冬の山が長谷川さん自身の中にあるはずです。
その自分の中の山と、実際に立ちはだかるように、眼前に拡がる雪の山とふたつの光景を確認しようとしているのかもしれません。
全くこれはわたしの勝手な想像ではありますが、そういう想像をしているとわたしの中に、表現をするということの不思議さがどんどんと深くなってくることを感じさせるのです。
そして、芸術ということがもしかすると、表現の不思議さを確かめようとすることなのではないだろうか。人が身体的に持っている嗜好を確かめようとすることなのではないだろうかと、何度も思うのです。