風景の陰
江ノ島の近くに40年以上住んでいたので、あの辺りの景色は体にしみ込んでいる感じがぬぐえません。
影が伸びている方向と背景も午後や風の向きも、その景色と一緒に感覚が染み出てくるような気がする時もあります。
この景色もデジャブーのように懐かしみと、かすかになった記憶の間から時間が巻き戻って、しばし妄想にふけってしまいます。 細い丘の路を歩いていると、木立の向こうからまちの音が漏れてきたりする時もあります。竹の葉が降り敷かれている土の間にハンミョウだろうか一匹の虫が飛んできて、ちょこんちょこんと飛び跳ねて、まるで道を案内するような仕草に見とれた時のことなど甦ってきました。
この景色が鎌倉の裏山なのかは分かりませんが、近郊の裏山にはこうした蹊がそこここにあって、人びとの散歩と歩きながらの思索に供されているのではないでしょうか。
写真をプリントするには、網点を掛けてその点の大きさによって濃淡の変化を表すようになっていると思うのですが、小泉さんのこのフォトエッチングでは、編みかけをおこなわず明暗の調子をかなり飛ばしているのだと思います。
その調子の粗い変化がこの風景の物語を観るひとにゆだねる結果になっているのではないでしょうか。
どの作品を見ても、わたしにはひとの息吹というか痕跡のように、直接そこにいるわけではないのに、かつてそこにいたひとの足跡や暮らしの痕のようなものを感じて、想像を膨らませてしまいます。
道案内をする虫のように、想像を案内する景色でもあると思いました。