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ようやく、ウエブサイトを出すことができるようになりました。WordPressの教則本を何冊買ったことかわからないくらいです。何年前から取り組み始めたかも記憶が曖昧なくらいです。しかし、まだたったの2ページだけですが何とか「まちてくギャラリー」の概要が見えるようにはなったと思います。これから「過去の展示」や作ってきた小冊子のPDFなども閲覧ダウンロードできるようにしてゆきます。

上村コーイチ続編

先日、上村さんのむかしの作品を見せてもらいに花巻の自宅へ行ってきました。
今、上村さんは花巻の中心部に暮らしていますが、東和町へ移住してきた時には石鳩岡という地区に暮らしていました。石鳩岡は東和町の北の外れにあって、地形的には山に囲まれた小さな盆地のような形です。もともと、東和町は土澤が中心で、その当時の人口は1万人余りのまちでした。現在は花巻市に合併されていますが、この石鳩岡の他に東晴山、谷内、浮田、成島、などなど30余りの地域の寄せ集めです。でも、人口1万人という規模はまちとしてはちょうどいい大きさだと感じていました。お互いの顔が見えて風通しがとてもよかった。わたしは、合併する7年ほど前に東和町へ移住してきたもので、あまり大きなことはいえないものですが、そんな印象を東和町に感じていました。
上村さんも葉山からその石鳩岡へ移住してきた人でした。
そして、その石鳩岡の景色を後から来た人間としてたくさん吸収しようとしていたんだと思います。
その頃に、近所を散歩しながら描いたスケッチがたくさんあって、それらを見せてもらった時に感じたのは、上村さんの線のことでした。

この写真の景色の線は、たくさん描いた人の線だと思いました。右手で斜めの線を引いて影を作るその線がたくさん描いた人の癖のようなものが確かにでているのだと思いました。
迷うことがないくり返される線。それは描くということの癖で勝手に手が動く結果だと思うのです。
しかし、ここからはさらにわたしの勝手な想像ですが、癖になるくらいの手の動き。くり返される見えるものを書き写すことの中で、見えるもの以外の何か、意思を線と形に込めているはずですが、具体的に画面に見えるものは風景であり見えた形の描き写しであることに、いらだちのような、あるいは不満を感じてくるのではないでしょうか。
そこで、見えるものではなく、自分の頭に浮かんだイメージそのものを見えるものとして描こうと考えるのが具象から抽象への移行の工程なのではないでしょうか。
下の作品は、2015年に土澤で行われた「美術市場」へ上村さんが出品した時の作品です。
ここでは、上村さんは線というものをうんと不確定なものに変えようとしていたのではないでしょうか。景色のスケッチのように実際に目に見えるかたちを線で現して景色の印象を作者のイメージを線に込めていいるのですが、そのイメージの出発点は目に見える景色の様子から出発していて、景色に触発されたイメージであることに飽き足らず、イメージそのものも自分の出発点として作り出そうという描画の、想像の出発点になるのではないでしょうか。
そういう意味で、下の作品はそれまでの上村さんが描いてきた「線」への抵抗ではないかと思うのです。
この作品は木の枠に貼った和紙に描かれていて、その線を拒否するかのように点々で線を消し去っているかのようにも見えます。しかも、その点々は線香で焼いて開けた穴なのです。その疑似的な線に囲まれた面をいろいろな塗り方で変化をさせています。

そして、最近の作品では作為を否定するかのように、線をぐちゃぐちゃと丸めて、こんがらかった糸のように丸め始めました。
作家にもやはり、いろんなタイプの、いや、タイプなどというとカテゴリーに押し込めることになってしまうかもしれないので、注意が必要です。
いつも自分の作品の形を変えて、進化させる人もあるし、同じようなことを何年でも繰り返し飽くこともなく続けることで、ゆっくりと移行してゆく考え方の人もあります。

上村さんは最近ではネット上に作品をアップして、多くのフォロワーを得て、多くの意見をもらっていると話しています。
わたしは、ネット上の作品をあまり観てはいないので分かりませんが、そこから拡がるつながりに強く興味を広げて、そこから得られる新しい意見を励みにしているそうです。

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