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ようやく、ウエブサイトを出すことができるようになりました。WordPressの教則本を何冊買ったことかわからないくらいです。何年前から取り組み始めたかも記憶が曖昧なくらいです。しかし、まだたったの2ページだけですが何とか「まちてくギャラリー」の概要が見えるようにはなったと思います。これから「過去の展示」や作ってきた小冊子のPDFなども閲覧ダウンロードできるようにしてゆきます。

すべてが表現

プリントし直した大看板を入れ替えてきました。
表現と受容の自由についてはむかしから大きな問題として論議されてきました。
ここでそれを蒸し返すつもりはありませんが、普通の出来事として対応したつもりです。
ひとというのはいつも表現をしながら生きているのだと思います。
こんにちはの挨拶から、ごちそうさまも仕事も趣味やすべての日常は表現のやり取りで
終始しています。
でも、それは芸術じゃないよねと、言われるかも知れませんが、わたしは生きていることそのものが既に芸術だと思います。
日常の生活の中でするコミュニケーションは、いかに自分の思いを伝えようか、
野球の試合の中でも、自分の考えを使って、護り方を研究するだろうし、攻撃の方法だってそうです。
お相撲さんが土俵で繰り広げる熱戦も自分の独自な考えを練って、望むことだと思います。
台所でする料理のことも、テレビを見てわらうのだって、みんな自分の考えの反射です。
くだらないこと問われって済ますことだって、すべてが表現の最前線です。
いい加減な芸術だって溢れるくらい沢山あります。
真摯に取り組む日常も、もちろん日々やっていることです。

パブロ・ピカソが道に落ちている針金を拾って、くねくねと曲げて作った作品も即興と
自分の経験の積み重ねの後に残った、いわば「いい加減」な芸術です。
いい加減でも立派な芸術になっています。
それは、子どもの頃から積み重ねてきた絵と形に対する経験が意識しなくても出てきてしまう
クセが芸術なのです。

日々の暮らしの中でも、いい加減なことは沢山あるし、ここが勝負だと、意気込むことも
もちろん芸術です。
じゃぁ、芸術じゃないことって何なの。
苦悩に満ちたべーとベンの作曲する姿は芸術で、へたくそなシロウトの歌は芸術じゃないのか。

一所懸命だろうがなかろうが、すべてが芸術だ。
そう思っています。
じゃぁ、芸術じゃないことって、なんなのよ。
わかりません。
だってひとがするすべてが芸術だと思っているから。

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