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ようやく、ウエブサイトを出すことができるようになりました。WordPressの教則本を何冊買ったことかわからないくらいです。何年前から取り組み始めたかも記憶が曖昧なくらいです。しかし、まだたったの2ページだけですが何とか「まちてくギャラリー」の概要が見えるようにはなったと思います。これから「過去の展示」や作ってきた小冊子のPDFなども閲覧ダウンロードできるようにしてゆきます。

佐々木 実 展

千葉県の八街に土地を買って、自分で住宅とアトリエを建て大きな作品を精力的に制作する佐々木さん。

佐々木さんは日大の芸術学部での仲間です。年齢はわたしより少し上で1945年生まれ、四国の愛媛県出身です。高校生のころから彫刻家になりたくて、制作をしていたようです。その頃の作品を見せてもらいましたが、立派な作品でした。
立派などと、えらく抽象的な言い方で、そんな言い方には少しのリアリティも感じさせることはできませんが、「首」(彫刻の世界では頭の像をこういいます)の形の強さはきちんと作られていて、素人のものとは格段の差がありました。彼の学年はわたしより3級後だったでしょうか。その頃から日大の彫刻の表現力がぐんぐんと上がって、私たちのころとは雲泥の差がありました。
柳原先生は「具象彫刻の作り方を教える」と彼らには宣言をしたそうです。それは、まず方法をしか教えることはできないという意味だったはずです。
先ずは概念を伝え、それ以後は自分の頭で考えろ、というサインです。
そういう中で、佐々木さんは分からないことはどんどん遠慮なく尋ね、疑問をどんどんぶつけていました。そして当然、先生とぶつかることもあったようですが、それは先生と彼との距離をさらに縮め、親密になっていったのです。
柳原先生は「君たちは全部友達だ」とよく口にしていましたし、生徒もまた先生との距離を縮めようとそれぞれが努力も重ねていたはずです。
先生の自宅にはいつも誰か生徒がいたし、手伝いもよくしていました。
そういう学校の雰囲気の中で、佐々木さんは自分の雰囲気を作ろうと実験もくり返し重ねて、先生のひんしゅくを買ったこともあるようですが、遠慮をするようなまじめな生徒ではなかったことで、自分を育てていったのだと思います。

〈WOMEN〉銅板鍛造

これは、銅板をたたいて成型した、パーツを溶接して作ったものですが、最初に粘土で作り、石膏の雌型からポリエステルの像を作り、さらにそれをもとにセメントの雌型をおこし、それを鍛造の型にしているのだといっていました。非常に手間のかかる方法ですがブロンズにするよりは経済的な方法だし、自由であるのかもしれません。

〈眼と唇〉これは木彫です。楠を彫って表面に金箔を貼って彩色をしています。
銅板鍛造の時よりも動きがなくなり、静的、シンメトリーで場の状況を演出するような作品になっています。
〈RUN RUN RUN〉銅板鍛造
これも銅板鍛造の作品です。木彫の作品と対照的な、非常に動的でダイナミックです。小さなバイクにまたがって
奔放にはしゃぎ回る女性の強さがまき散らすようにあふれています。
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