








10月21日から来年の1月21日までの常設展示第3期の中で,特集として、わたしの作品が展示されています。
この部屋は約10メートルと17メートルで壁面の高さは5メートルという大きな部屋です。
この部屋に新旧の作品を合わせて展示しています。
しかし、古い作品もその展示の仕方を変えて全体の構成を補強すると思うような方法をとったつもりです。
上の写真の壁にある作品は新作です。半分しか映っていませんが両端のはじっこに半分見えるものは,美術館で所蔵している作品です。
わたしは,日大芸術学部の彫刻科に入って、作家になろうと、たくさんの作品を作り続けてきましたが、未だにその作品ということが分かりません。
一生そのままかも知れません。いやそうなるだろう。
おそらく、作品は表現ということのひとつの方法ではあるのかも知れませんが、その表現ということも、かぎ括弧つきで続けているボンクラです。
表現ということは誰でもが日常的に続けていることのなのに、正当な表現となると結構難しい作業になります。
日常の中でも、笑ったり怒ったり常に感情は動くし,それをなるべく素直に表現して生きています。
だけど、それが正当な表現かどうかは、判断が難しいことがあるのも、普通のことです。
ましてや、芸術として何かを表現しようとするならば、何らかの正当性が求められるはずだと思います。
もちろん衝動的であったり、感情の爆発が芸術としての表現を阻害するものでもありません。
わたしの作る作品が何を表現しているのか不思議に感じることもあるかも知れません。
わたし自身、その表現しているものを、明確に言葉にすることができずにいます。
わたしはずっと、作品を作り始めた時から、カタチがなんなのか、表現がなんなのかを考えながら過ごしてきました。
そうやって、すでに50年以上過ぎましたが,そのことを言葉にすることができていません。
疑問符だらけですが、長い経験の中でその経験則から感じ取ってきた、自分なりの表現方法が、言葉より先に体に染み込みつつあります。
かといって、その経験則だけで物事が進む訳ではありません。

